Why did not you take me?

(どうして俺を連れて行ってくれなかったんですか?)














思えば、どうして彼女に手を差し出したのか。


そこに行ったのは仕事だった。
ある地方都市のスラム街。
そこで最近不穏分子の動きが目立っていて、事件が起こる前にそれなりの対処をしてこいと言うことだ。
相変わらず人任せな部分の多い上司を恨めしく思いながらも渋々足を運んだ。
しかしそんなに顕著な活動が見られるわけでもなく、人の噂やらを集めながらようやくその活動拠点となっているだろう建物を見つけるまでで約一週間。
ひどく迷惑な話だ。
そしてその建物は既に人は住んでいないものの未だに美しい外観と庭園を持つ豪邸だった。


「兄さん、ほんとにココなの?」
「あのオッサンが勘違いしてなきゃな」

オレたちは奴らに動きが出るまで様子を見ることにした。
しかし二、三日しても一向に動きがない。
仕方なく張り込みをやめて宿に戻り、また計画を立て直すことにした。


それが間違いだったんだ。


再び戻った三日後、そこには明らかに以前と異なる空気が漂っていた。
味わいたくもない 死の香り
鉄の臭いが外の空気までも支配している。
エドワードは堪らず顔をしかめた。


「アル、入るぞ」
「うん」


一体何があったのか。
自分たちはここから然程遠くない場所に寝泊まりしていた。
何か――争い事や激しい言い合いとか――があったなら少なからず気付いたはずだ。
地方都市と言ってもそれ程大きくはない。
夜は静かなものだ。

だが、何も聞こえなかった。
大きな物音も、叫び声も、銃声も。
人の噂も聞いていない。

それなのに――。







其所は血の海だった。







壁という壁に血が飛び散り、酷い悪臭が充満している。
歩く度に既に固まり始めた血が靴に付いた。しかし不思議なことにこの大量の血の持ち主、恐らく複数、が見当たらない。
一つ一つの部屋をアルと手分けして探すがなかなかどうして、行く先々には血しか残されていないのだ。
赤い部屋が続く。
一階を探し終え、次は二階。
そこにも何一つなかった。
ほんの小さな肉塊さえも。
視界には赤しかなかった。
そして三階。
どうやらこの館の主の部屋だろうか、広い館にも関わらず巨大な扉が一つしかなかった。

そして一際血に汚れていた。

ゆっくりと扉を開けると、一面の赤の中で同じ赤を纏った 少女 が鮮明に浮かび上がった。
少女は目を固く瞑り静かに呼吸をしている。


「兄さん……あの子は、…」
「生存者、か?」


近付いて見ると、自分と大して変わらない年齢だということに気付く。
整った目鼻立ちと、透き通るような髪の毛。
まるで死んでいるかのように動かない。
僅かに胸の辺りが上下しているだけだ。
だが、死んでいてもいいと思った。
恐らく、いや確かに、この少女は死んでも尚このままでいるという確信を持った。
この儚い美しさは誰も摘み取れない、終らせられない。
悪夢の中で、彼女だけが切り取られているような錯覚を覚える。

その声を聞いたわけでもない。
その瞳の色を見たわけでもない。
その笑顔を見たわけでもない。

それでも彼女という存在が自分を支配していくのが分かった。











な ん て 愛 し い 










「……兄さん?どうするの?」
「!あっ、ああ、そうだな。とりあえず話を聞いてみるか。」

呼び戻された意識を動かし、もう一度彼女に目を向ける。
するとその時今まで微動だにしなかった少女の体がゆっくりと活動し始めた。


「オマエ、こんなところで何やってたんだ?」


問いかけてみても彼女は何の反応も示さず、上体を起こしただけだった。
その視線は不確かで、虚ろで、既に心が空になっているようだ。
いつまで待っても彼女は此方を見ようともしない。


「おい、聞いてんのか?」


ようやく気付いたのか、少女は驚いた顔をしてさっと武器を構えた。


「アナタ、誰?」


じっと、敵かどうかを見定めるように睨みつけてくる。
声も鋭い。
それでも、生を取り戻した彼女の姿に心が沸きだった。


「オレはエドワード。エドワード・エルリック。国家錬金術師だ。」


国家錬金術師、そう聞いた一瞬彼女の表情が歪んだ。
オマエも、軍を憎むのか?


「そう。それで、その軍人さんが何の用ですか。」

「むしろオレはお前がなんでここにいるのか知りたいけどな。」


辺りにはやはり血がおびただしく散っていて、生きているのは彼女だけで、その上武器を持っている。
もし彼女がこの惨劇を起こした一人なら、オレは彼女を捕えなければならない。
軍人、だから。
苦々しい思いが身体中を駆ける。
どうして自分の手で、この少女を牢に閉じ込めなきゃならない?


「説明しろ。お前はここで何をしていた?」

頼むから オマエ以外であってくれ







「さあ?そんなの自分が知りたいわ。」







自嘲気味にそう吐き出す彼女に安堵する。
改めてその瞳を見ると、先程の敵対心が消えて本来の色が戻っていた。
透き通るような深い闇の色。
穢れることのない漆黒。
だけど光は宿っていた。
さながら宇宙のように。
心の奥底まで見透かして、心臓を貫く。

強い瞳。

食い入るようにして目が離せないでいると、それは必然的に見つめあう形になった。


「……本当に、分からないの。」


か細い声。
揺れる瞳は確かに助けを乞うていた。
似ていた。
罪を犯した自分に。
もう報われない罪を犯した自分に。

きっと同じだと思った。

何かを背負っている。
逃げられない何かを、必死に。
それは確信だった。
到底一人では支えきれない何かを、その華奢な肩に乗せて身動きが取れない少女。

なぁ、オレも罪を背負っているんだ。

赤いコート、そしてそのまま黒のジャケットにも手をかける。

コレ ガ オレ ノ ツミ ノ アカシ


「!貴方、それ……」

「機械鎧。知ってるだろ?」


守りたい。
彼女の苦しみから彼女を解き放つなどと傲れることは言えない。
それでも共にその罪を背負いたい。
彼女のためなら、自分という存在を犠牲にすることすら当然に思える。





愛しいんだ





「エドワード・エルリック。」


心が跳び跳ねた。
しっとりと壊れ物を扱うように彼女の口から放たれたのは自分の名だった。
驚きもした。
だけどそれ以上に彼女を抱き締めたい衝動に駆られた。

「エドワード・エルリック。」

「ああ、お前の名は?」


禁猟区に足を踏み入れるような気分で一歩ずつ近付く。


。」



目の前の少女はそう名乗った。
本名か否か。
ただ、そんなことはどうでもいい。
ようやく彼女を適切に表現出来る言葉を手に入れたのだ。





ああ、これでこいつをつれていける












「手。」









差し出した機械鎧は罪の形。





、お前をここから連れ出してやる。」





オマエの足に纏わりつく枷なんてオレが消し去ってやる。





「オレも一緒に背負ってやる。」






一緒に背負った方が軽いだろう?






 「だから、オレの所に来い。」






そう言って伸ばしたその手をオマエは掴んだ。
確かに、オマエはそこにいた。














それなのに どうしてオレの前からいなくなったんだ ?




オマエのいない空白なんて何をしたって埋められないんだ。

















        い ま す ぐ   あ い た  い












(このうででだきしめることができたなら)















(2005/12/05)


sozai:Dear シシュ