まっくらになった
ひかりがなくなった
あなたのえがおがみえなくなった
溺 れ る 魚
其れは突然のことだった。
夕方、あの人の大好きなシチューの材料と、ビタミン不足だろうと買った色採りどりの果物を大きめの茶色い紙袋に入れて歩いていた。
真っ赤な夕焼けが綺麗だったから、少し上向きで足取りも軽く。
お腹を空かして帰ってくるんだろうな、とか考えていたら自然と笑顔が雫れた。
久しぶりに私の住んでいる街に来た彼は、相も変わらず機械鎧だったけれど、凛とした表情は大人っぽく見えて、背も少し伸びていたように思う。
もう何度も見慣れたはずなのに。
会うたびにとくりと胸は跳ね、鼓動は速度を上げる。
どきどきは収まることを知らないで、血液が沸騰する感覚を覚えた。
、と呼んでくれる口許が好き。
優しく揺れる金色の瞳が好き。
絹のような透き通る飴色の髪が好き。
鍛えられたしなやかな身体が好き。
妖艶に輝く温かい機械鎧が好き。
私を幸せにする魔法をかける口唇が好き。
エドワードが好き。
太陽見たいなキラキラの笑顔。
照れたような仕草。
相手の為に本気で怒れる真摯さ。
悲しみを押し殺す瞳。
集中している時の真面目な横顔。
周りを和ませる悪戯な笑み。
私を愛する時の大人な顔。
愛してる。
エドワードのこと、愛してる。
言葉はひどく不便だ。
貴方へ想いを伝えようとしても的確に働いてくれない。
エド、エド、エド。
名前を呼べば直ぐに優しい笑顔をくれる。
其れは直ぐに私を笑顔にする。
エドワードのことを考えれば、自然に顔が緩んでしまって、ショーウィンドウに映る自分に恥ずかしい思いをした。
「早く帰らなきゃ、」
エドが心配して迎えに来ちゃう。
そう思ったら道路の向かい側に金色の髪の毛。
ちょっと怒ったような瞳で、「お・そ・い!」と口をぱくぱくさせているのが分かる。
私は「ご・め・ん!」と返して赤信号が変わるのを待った。
やがて青に変わったのを見て、横断歩道に足を出した。
エドはもう笑顔になって、私も笑顔になった。
早くエドの傍に寄りたくて、足早に進む。
あと 、すこし 。
「エド!」
感じたのはエドの温もりなんかじゃなくて、硬い地面だった。
玉葱や人参はぐちゃぐちゃに潰れて、赤や黄色や赤燈色の果物は味気無い黒に華を咲かせていた。
変なキャンバスに一番映えるのは恐らく私の身体から急速に抜けている赤い液体なのだろう。
考えてみれば身体が一向に動かすことが出来ない。
耳が音を拾っていない。
視界は暗転。
世界から放り出された気分だ。
ああ、あと一歩でエドに抱き締めて貰えたのに。
なんてついてない。
足元に血液は行き届いているのか。
身体が闇に侵蝕されてゆく。
痛い、という感覚が現れてきた。
同時に私の意識は光速で何処かに飛び立とうとしている。
此 れが 死 とい うや つか、 な んて感 慨 に耽っ てい る間 もな いよう だ 。
出 来 る こと な らも ういち ど エ ド に
だ
か
れ
た
か
っ
た
な
言うなれば、暗闇に手足を繋がれた気分。
救いの手を差し延べたのはやっぱりエドだった。
急速に意識が浮上する。
「…………っ!っ!」
「……、ん…………エ、ド……?」
「っ!!」
きっと今、エドは泣きそうな顔をしている。
そしてきっと呆れたような優しい笑顔を見せてくるている。
き っ と
「…エド…暗くて何も見えないの……」
「……ッ!!」
「ねぇ…エド……エドが見えないの………」
「…っ…、お前な、………」
「エド…どうしたの?どうして私……」
「………………お前の目……見えなくなった…ッ」
「!?……え、そんな…冗談でしょ……?」
「………………」
「エド!ねぇ、嘘だよね?!直ぐに見えるようになるよね!?」
「…………………ごめん……」
「!!………っう、…ふぇ…ッ…っく……」
「…ごめん…ごめんな、…っオレが、オレがいたのに……ッ!」
「エド……ッエドぉ……!!」
機能を果たさなくなったそれから涙を流すをエドはきつく抱き締めた。
すがるように泣きじゃくる彼女を助けることの出来ないもどかしさ。
エドは口唇を血が出るくらい噛む。
なんで
どうして
彼女が何をした?
これはなんの罰なんだ?
彼女への?
オレへの?
―― エ ド が 見 え な い の ――
涙に濡れた声で心に刺さる彼女の苦しみにいっそオレの目をあげたかった。
これから彼女は朝焼けの街も、光に照り輝く海も、憂いを帯た月も見ることが出来ない。
風景とか、建物とか、そんなのだけじゃなくて、大佐や中尉とか軍部の人達も、アルも、ばっちゃんも、そういうが大切にして来た人をもう誰も見れないんだ。
彼女を抱き締める手に力がこもる。
まだ人生の四分の一も生きてない。
楽しいこともまだ沢山あったはずだ。
見ていないものも沢山あったはずだ。
「オレ…お前のこと守るとか言ったくせに…、こんな……ッ…、ごめんな……ごめん、…守ってやれなくて……ッ」
「エドの…エドの所為じゃないよ……」
「違うっ!オレが……」
「エドの所為じゃない」
「……ッ!」
先程までの泣き顔はまだ赤い目と瞳に溜った水滴で残っていたけれども、ふわりとした柔らかな笑顔がそこにあった。
如何して笑えるのかエドワードは不思議で仕様がなかった。
「こうなっちゃったの、しょうがないこと。そうでしょ?エドだって私だってこうなること望んでなんかいないもの」
「だけどっ……!」
「あのね、目が見えなくなったって、私が私じゃなくなるわけじゃないじゃない?しょうがないこと、悔やんでもしょうがない」
「だって…、お前目が見えなくなったんだぞ?もう何も見えない。誰もっ…オレのことも、見えなくっ……」
「エド……」
情けない。
一番辛いのはのはずなのに。
一番苦しいのはのはずなのに。
エドワードはすがるようにの肩に顔を埋めた。
嗚咽を噛み殺して。
そんなエドワードの頭をは優しく撫でた。
「ねぇエド。私、目が見えなくなった分、ずっとエドの感情が分かるようになった気がするの」
「………………」
「きっとこれからは、目以外の他の感覚フル回転してエドを感じるわ」
「………………」
「だから、さ、………ッ…」
堪えていた涙がまた零れだす。
エドワードにしがみ付くように抱きついて。
その温もりを感じる。
此処にエドワードがいることを。
それが偽りではないことを。
怖かったの。
目が見えなくなるとか、喋れなくなるとか、そういうことなんかよりももっと怖かった。
腕がなくなるとか、足がなくなるとか、そういうことなんかよりももっと怖かった。
生きていく上で一番怖いこと。
それが現実になったら私はもう生きていけないこと。
「これからも私を愛してくれますか?」
ほんとは、自分の身体なんてどうだっていいの。
いつまでもエドの傍にいられたら、この身体がどんなになったって構わない。
傍にいるための代価だと言われたら何でも差し出すわ。
エドが愛してくれるんだったら自分自身でさえ何度でも殺せる。
だってエドが私の命だもの。
だからね、私の目が見えなくなったから良かった。
エドじゃなくて良かった。
エドと私。
天秤にかけたら傾く方は決まってるでしょ?
それに、もしエドの方でも、心配しないで、すぐに私の目をあげるから。
ごめんね、きれいな金色の眼じゃなくて。
それでもエドが欠けてしまうことが怖いの。
エドに見つめられないことの方が辛い。
その瞳に私が映らないことが辛い。
(たとえ映った自分を自分で見れないとしても)
、小さく叫ぶように呼んでくれて、またぎゅっと強く抱きしめてくれた。
それだけで十分なのです。
エドに愛されてる私がいることが私の生きる証なのです。
ああ、これでまたエドに愛されてゆける。
「エド、ごめんね、大好きだよ」
「…っずっと傍にいる。愛してるんだ、」
「うん、…ッありがとう……」
これからは今まで以上に大変で、辛いこともあると思う。
それでもエドがいれば私は何だって耐えられるし生きていけるの。
エドの一言で私は死ねるし生き続ける。
私はエドに溺れているから。
エドが頑張れって言ってくれたら、手も足もバタつかせて、もがいて、必至に空気を――エドを――を求めて生きるわ。
エドがもう十分だって言ったとしたら、体中の力を抜いて水底まで落ちて逝くの。
それで依々。
それだけで依々。
私は生涯、エドに溺れる魚だから。
(2006/09/29)