今はもう三月の始め。
陽射しが柔らかくなって、肌を刺した風も撫でるように流れる。
分厚いコートは閉まって、温かいブーツも箱の中に。
私は少し髪を切って、パステルカラーの服を選んだ。
新しい季節の足音に自然と胸が踊る。
それは気持のよい風の所為もあるけれど、一番は太陽みたいなヤツが帰ってくるから。
毎年毎年ちょっとずつ成長していて、其れは私の目には眩しいくらいで。
あの笑顔に早く会いたかったから、ちょっと速足で駅に向かった。













春を愛する人

柔らかで、確かなこの愛。










彼らが旅を始めると言った時、一緒に来ないかと誘われた。
もちろんエドワードと離れるのは嫌だったし、着いて行きたい、そんな気持ちがすぐに浮かんだ。
だけど、何も出来ない私が傍にいては足を引っ張ってしまうのは目に見えていた。
一刻の時でさえ惜しいのに、私の所為で時間を浪費することになっては申し訳ない。
それに、きっと着いて行っては私はいつまでも彼に依存することになってしまう。
私はちゃんと私として生きて、彼を支えたいと思った。


リゼンブールを出て、セントラルで職を探した。
元より学歴を積む気は更々なかったので、バイトとかではなくしっかりと雇ってもらうつもりだった。
そうして見付けた宿屋業。
住み込みでもいいと言うことだったから喜んで就職した。
始めは簡単なベッドメイクから。
其れに慣れて来た頃、初めてエドワードたちがやって来た。
其れは偶然と言うやつで、会うのは1年ぶりだった。







「お前、此処で働いてんの?」
「うん」


注文を取りに来た私をエドワードは大きな目で見つめて、すぐに目を細めた。


「久しぶり…だな」
「ほんと、エドもアルも元気だった?」
「兄さんが無茶ばかりするから困るよ」
「あはは、エドはあんまり成長してないのね」
「なっ…!今オレの身長見て言っただろ!」
「はいはい、それより、ご注文は何になさいますか?」
「おいコラ流すなよ!」
「シチューとブレッドのセットですね?かしこまりました。少々お待ち下さい」
っ!」
「あははっホントに兄さんはに勝てないね!」
「…………うるせぇ……」


急いで厨房に戻って注文を伝えると、レストルームに駆け込んだ。
鏡に映る自分が情けなく笑っている。


「………不意打ちすぎ……っ」


確かに、宿屋業を選んだのはいつか彼らが来るかもしれないと言う期待があったから。
でもセントラルには沢山の宿屋があるわけで、その中から此処を選ぶ確率は高くはない。
だから、まさか、ホントに来るなんて……!


「……エド…ちょっと背伸びてたな…」


さっきは平然ぶってみたけど、心臓は有り得ない速さで拍動を続けている。
血液はみんな顔に集中して、耳たぶで火傷を冷やすなんて不可能だ。
また彼らと――エドワードと――顔を合わせたら普通じゃいれない。
どうしようかと悩んでいる内にブレッドはこんがり焼き上がってしまったようだ。
厨房からの声で渋々二回目の対面を迎えた。


「お待たせしました」
「さんきゅ」


余程お腹が空いていたのか、置くなりエドワードは勢いよく食べ始めた。
アルは相変わらず鎧のまんまだったから、その光景をどこか呆れたように見ている。


は今日何時まで仕事?」
「えっと…多分このお客さんの数だったら定時に上がれるから…あと30分くらい、かな?」
「あのさ、僕たち今夜泊まる所決まってないんだ。だから……」
「空いてるわよ、二部屋」
「僕、と話したいことが沢山あるんだ!」
「私も!」


やっぱり、この二人といると昔に戻ったようになる。
此方に来て、躍起になって働いていた余裕のない心が落ち着きを取り戻してゆく。
あたたかい。


ちゃん!こっち手伝って!」
「あっはい!今すぐ!じゃあ後で、部屋は取っておくね!」
「ありがとう!」


黙々と食べ続けるエドをちょっと笑って、厨房で片付けに入った。
いつもは疲れで中々捗らないそれも、今日は違った。
何かあったの?、と主任に聞かれるくらい私は浮かれていたようだ。
ついでにエドたちの部屋を頼んだ。
此処は深夜から朝方までは酒場となるから店の掃除は朝やることになっている。
私はしっかり定時に終わって、エドたちの部屋に急いだ。








「こんばんはー」


軽くノックをすると中から気の抜けた声が帰ってきた。
ドキドキを抑えてゆっくり中に入る。
エドは椅子、アルはベッドに座っていた。


こっち!」
「ありがとアル」


アルがちょっと寄ってくれたので、私は隣に腰掛けた。
久しぶりの感覚。
幼い頃の記憶。
全部が嬉しかった。


「……ッその…元気だったか?」


遠慮がちに掛けられたエドの言葉にとくりと胸が跳ねる。
そう、会うのは本当に1年ぶり。
しかも成長期の私たちにとってその年月は外見までも変えている。
まだあどけなさは残るけれど、エドワードは青年の雰囲気が見て取れた。
ふわりと照れたように笑ったその表情が私の記憶に一瞬にして焼きついてしまった。


「うん、元気だった。仕事も慣れてきたし……、エドは?怪我とかしてない?」


声、裏返ってないだろうか。震えていないだろうか。
私はバカみたいに緊張している。
こうしてエドと対面してるとあの時一緒に来ないかと言われた場面がフラッシュバックしてきた。
もし彼らと一緒に行ってたら、今こんなに緊張することはなかったはずだよな、なんて。


「まぁ、なんだ、…怪我をして…なくは、ない、……けど元気だったぞ!」
「兄さんの場合自分から怪我しに行ってるようなものだけどね」
「アルっ!」
「うん、そんな気がしてた」
っ!〜〜ッお前らオレをなんだと思ってやがる!!」
「キャー!エドが怒ったー!」
「コラ兄さん!をいじめちゃダメだろ!」
「〜〜〜〜〜!!!!だーもういい加減にしろーッ!!!!」


久しぶりだ。
こんな風に声を出して笑ったのも、自然体でいるのも。
1年のブランクなんて、さっきの緊張なんて、そんなの嘘みたい!
あっという間に私たちはリゼンブールにいたときと同じように笑い合ってた。
別に今の環境が苦痛なわけではないけれど、やっぱり同年代の友達は少ないし(むしろゼロに近い)(だってここに来るのはみんな働いている人ばかりだもの)、多少は寂しさなんかを感じてしまう。
だから、今、こうやって彼らが来てくれたことにひどく感謝している。
伝わらないかもしれないけれど、ほんとにほんとに嬉しいの。

それからしばらくエドやアルの冒険話を聞いて(エドの無鉄砲さには厭きれるわ)(アル、いつもお疲れ様!なんて言ったらエドは拗ねちゃったケド)、私は私の日常を話して(最近ビールを注ぐのがうまくなったの!)(ベッドメイクだって皺無く出来るんだから!)、夜も遅くなったから一旦部屋に戻ることになった。
お風呂から出て自分の部屋にいると、遠慮がちなノックの音と共にエドが顔を出した。


「ちょっと、話、良いか?」
「うん、こっち入っていいよ」


そう言って自分が座っていたベッドの上にエドを招いた。
昔から長めだったエドの髪の毛は今も伸び続けてる。
私の知らないエドを知ってる長い三つ編み(しかもとっても綺麗!)(女の子の私よりもだなんてズルい!)。
とさりとエドが隣に座った。


「どうしたの?さっきまで散々話してたのに」
「や、その……聞きたいことがあって……」


極まりの悪そうな顔、そして呟くようにでもしっかり紡がれた言葉。









「どうして一緒に来なかったんだ?」








さっきまで冗談を言い合ってた時とは違う、真摯な瞳。
ねぇ、それだけで私を殺してしまいそうになるの知ってる?
私の心拍数はどんどん上がって、ドキドキが聞こえてしまうんじゃないかしら!
それに、そんな真面目な想いに答えられるような立派な理由じゃないの。
独りよがりで勝手な想い。


「……どうしてだと思う?」


そんな風に問い返されるとは思っても見なかったのか、エドはびっくりしたように目を見開いて、そうして少し考え込むような動作をした。
しばらくして再び向けられた瞳は不安げに揺れていた。


「オレが、頼りないからか?」
「え……?」
「オレそんなに強くねーし、何かあってもを守れないかもしれない。だから、」
「違うよ!そんなことない!!」
「じゃあどうしてッ……!オレはっ…、と一緒にいたかったのに…――ッ!!」


そんなセリフ、そんな顔して言わないでよ!
私の胸は最高潮に高鳴って、目の前で真っ赤な顔したエドと図らずも見つめ合う体制で、とにかく何にも考えられなくなった。
ああもうどうすればいいの!
何か言わなきゃいけないのに想いがたくさんありすぎてまとまらなくて。
ねぇ、エド。
そんなこと言われたら勘違いしちゃうじゃない。
一緒に行きたくなってしまうじゃない。


「……私だって…エドと離れたくなかった…一緒に行きたかったよ!!」
っ……!」


そしたら、驚いた。びっくりした。
エドが私を抱きしめたのだ。
幼馴染がじゃれ合うとかそんなんじゃなくて、まるで恋人同士がするみたいにギュッと。
何がなんだか分かんなくて、けど嫌じゃなくて、むしろ嬉しくて。
気付いたら私もその胸に顔をうずめて抱きしめ返していた。


「私が付いて行かなかったのはね、エドが頼りないからとかそんなんじゃなくて、私がエドの邪魔したくなかったからなの。
 それに、エドがいたら私はエドに頼っちゃう……そんなのイヤ。エドのこと、もっとしっかり支えてあげられるようになりたかった!」


ぎしり、とエドの右腕が鳴って、また私を包む力が強くなった。
それがやっぱり嬉しくて。


「そんなこと考えなくていいんだ」
「でも…ッ」
「別にに何かして欲しいわけじゃなくて、一緒に居て欲しいだけだから」


顔が見えないから?
いつものエドからは考えられないほどストレートな言葉。
もちろん私をときめかせるには十分すぎるほどの。
期待、しちゃうよ。
それは幼馴染としてじゃないよね?


「……ちゃんと言ってほしい」
「……………」
「エドは、どうして私に居て欲しいの?」


そんな風に自分からは言わない私はずるいかな?
でも、聞きたいの。
エドの口から、ほんとのこと聞かせて。
中途半端な気持ち、どうにかしてください。
ねぇ、エドワード。

少し身体を離して、エドと見つめ合う形になって。
そしたら思ったよりすっと真っ赤な顔したエドが見えた。
壊れ物を口にするみたいに紡いでくれた。




「……が、好きだ…」




ずっと欲しかった言葉。
私だけのものにしたかった。
貴方から離れるのは辛かった。
もっと一緒に居たかった。
だから怖くて口に出せなかったの。
言ったら今まで通り居られなくなりそうで、自分が欲深くなりそうで。




「私も好き」





























































次の日、エドとアルがまた旅路についた。
私はそれを、なんだか泣きそうだったけど堪えて見送った。
本当は、またエドに一緒に来いって言われたけれど、やっぱり断ることにしたから。
エドはいいって言っても私はエドをちゃんと支えられるようになりたい。
それに、帰る場所、リゼンブール以外にも作ってあげたかったから。


私はいつでもここにいるよ。
だからいつでも会いに来てね。


それ以来彼らは毎年春になるとやって来るようになった。
もっとこまめに来ればいいのに、そうボヤいたら、久しぶりに会う方が感動だって大きいだろ?だって。
私が、織姫と彦星みたいだ、って拗ねたら、に会うと離れたくなくなるから困るんだよ、って照れながら話してくれた。
それが無性に嬉しくてくすぐったくって、私は春を楽しみにするようになった。
エドが来てくれる1週間はすごい短くて、春霞みたいにすぐ無くなってしまうけれど、それでも愛しいんだ。
だから、ずっと待ってる。
エドが自分の身体を取り戻してくるのを。
ここでいつまでも待ってるよ。
























抱きしめたい こんなにも人を愛おしく思えるなんて
そんな出逢いを 今 二人で居る幸せ
ただ 訪れる春の花の芽の息吹に似た 
I want you,I want you,I want you
"生きてく事は 愛する事 愛される事"と


(song by : GLAY)






(2006/07/18)