アイドンノー、フーアムアイ?













眼を開けたら真っ白な世界だった。
何もかも真っ白。
まるで四角い箱の中を彷徨う映画の如き白さだ。
自分の身を纏う綿100%の薄っぺらい衣服も、自分が横たわっている寝具一式も、ご丁寧に一番日焼けを気にするカーテンさえも真っ白である。
何処の白色フェチが用意したのかも分からないが、とりあえず私は真っ白な部屋にいるようだ。
さて、先刻私は自身を『私』と表現したが、果たして其れが正確な一人称だとは言い難い。
もしかしたら『私』は『僕』かもしれないし『俺』かもしれないし『ミー』や『小生』かもしれない。
兎にも角にも今の私には決定的に欠如しているものがある。
其れは私の肉体を構成する元素がいくら頑張って私という身体の維持を図っていたとしても此れがなければ所詮それは単なる器にしかならない。
其れを探そうと辺りを見回しても白い空間が広がるだけである。
元来白いなどと言う言葉には不釣合いな黒い生き方をしてきた自分にとって、今現在眼前に広がる純白は少々苛立ち覚えてしまうのは必然なことだと理解して欲しい。。
とりあえず誰でも良いから現れてくれと願ってしまう自分は短気なのかはたまた極度の寂しがり屋なのか。
どちらにせよこの状態が長く続いてしまっては只今思考をフル回転させている私の脳みそがパンクしてしまうだろう。
さてそんな破裂寸前の脳みそに繋がる聴神経がカチャリという扉の開く乾いた音を拾うことに成功した。
次の指令は迷うことなく全視神経をその音源へ向けることである。
真っ白な部屋に扉と思しき黒い枠組みが突如として現れ、また別の外の空気がするりと頬を撫でた。
この部屋の白さですら眩しくて眼を細めてしまうというのにその黒い枠組みから現れた人物は更に眼を細めることを強要してきた。
ああ全く私はそんなに綺麗で潔白な人間ではないのだからそんなに照らさないでくれ!
こちらに向かってくるキラキラと輝く金色の発光体(実際は発光なんてしてないのだけど)は、ひどく端整な面持ちでその瞳までもが黄金色を発し、私の目を眩ませる原因となった。


「目、覚めたか?」
「あ…、はい、まぁ、……」
「なんだよその言い方」


其の発光体は少し顔を顰めて微笑んだらしかった。
私はこの人物と知り合いなのか否かという疑問は先程の会話からして間違いなく前者である。
(あれが会話という定義に当て嵌まるかは別として)


「まだ寝ぼけてんのか?」


更に私に近付いてきた其の金色人は呆れたように私の顔を覗き込んできた。
至近距離で見ても美しいと形容出来る容貌に私は自分の交感神経が急速に活性化するのが分かった。
そして水面下に押さえ込まれていた記憶とやらが地球温暖化で北極の氷が溶けていくよりもっとずっとハイスピードで浮上してきたのである。
きっと其の記憶は長時間押さえ込まれていたらしく息も絶え絶えになっているのだろう。


「あなた、エドワード、ね」
「当たり前だろ」


私の中の彼は今確固たる『エドワード』という存在として定義付けられている。
目の前の人物を発光体やら金色人やらと不確定な名称で呼んでいたことを詫びたい。
私は漸く彼を適切に表現できる言葉を獲得した、もとい取り戻したと表現するのが適切だろう。
同時に私の交感神経にハードワークを課した感情も、まるで酸素が水中から逃げる如く勢いを増して現れたのだ。
其の感情に名前を付けるならば使い古された言葉しか思い浮かばない私の脳は20年前のコンピューターのように超低スペックである。
兎に角私はその手垢にまみれた言葉ですら目の前のエドワードという人物に投げ掛けたいのだ。


「愛してるわ、エドワード」


そうして抱き締められて耳元に落ちてくる「」という言葉に、私はやっとのことでアイデンティティーを復活することが出来たのである。












(2006/06/05)