エドが帰ってきたのは陽がどっぷり沈んで闇に包まれた頃だった。
「……ただいま」
「エド!どこ行ってたのよ!急にいなくなるから心配するじゃない!」
「わ、わりぃ……それで、その…」
「?」
エドの後ろから出てきたのは一人の女の子だった。
あの、ジプシーの中に居た占い師の女の子。
胸が チクリ と 痛んだ
エドはこんな遅くまで、女の子と二人きりで。
何も無い。
何も無い。
そんなの分かってる。
エドはそんな風な器用な人じゃない。
分かってる。
分かってる。
分かってる、けど。
どうかわたしのエドをうばわないで
の表情の一瞬の曇りに、エドワードは顔を顰めた。
そんなエドワードの視線から逃げるようにはノーアの背を押し中へ入るよう促す。
エドワードの話によると、男達に無理矢理連れて行かれそうになったらしい。
その人たちは拳銃を持っていて、彼女が嫌がってるのに強引に。
だから助けた、と。
目の前でそんな光景が繰り広げられたらエドじゃなくても助けるよね。
たまたまそこにいたのがエドだったから。
「ノーア、でいい?私の部屋、一緒に使うといいよ」
「えっ、あの、私は……」
「気にしない気にしない!ってここはアルフォンスの家だけどね」
「さんが良いって言うなら僕は構わないよ」
「さっすがアル!どっかの誰かさんと違ってやさしー!」
「おい、その誰かさんってオレのことか?」
「さぁねー」
ケラケラとは笑い戸惑った様子のノーアを自室へ案内する。
アルフォンスはそんな様子を見てくすりと笑った。
エドワードはムスっとしながら低い声を漏らす。
「なに笑ってんだよ」
「いえ、別に。でも珍しいですね、エドワードさんがさん以外の女性に興味を示すなんて」
「故郷がない者同士だからな」
おそらく、あの言い方からしてノーアにも故郷が無い。
そもそもジプシーとして働いていたのだから、家に帰るはずもない。
そんな奴を適当な街に置いてくるわけにはいかなかった。
「えっ?」
「いや、こっちの話」
「………エドワードさんが何を考えているのか分かりませんが、さん、辛そうでしたよ」
「!!」
「二年前に比べてエドらしさがどんどんなくなってる、って泣きそうになって話してくれたことがあります」
「……そう…か………」
「僕が口を出す問題ではないかもしれませんが、少なくともさんのことは悲しませないで下さいね」
「……………分かってる…」
正直、悔しかった。
はこの世界に来て一度も弱音を吐いたことはないし、泣いたことはない。
笑顔を振り撒いて、前を見て歩いている。
オレの前ではいつだって気丈に振舞って、弱いところなんか見せようとしない。
それなのに―――――。
アルフォンスにはちゃんと弱いところを見せてるんだな。
あいつのこと、一番に分かってやれるのはオレだと思っていたのに。
オレはいつからこんなにもお前から離れてしまったんだ?
「、起きてるか?」
夜半過ぎ、エドワードはの部屋を訪ねた。
今日は少し遠くまで出掛けたから、おそらくは疲れて眠っているだろう。
一度声を掛けて返事がなければ自分も寝ようと思っていた。
「……エド?…うん、起きてる」
「!なぁ、少し話したいんだけど…」
「………分かった。待ってて、すぐ着替えるから」
アルフォンスの家に居候することになってから、二人が睦言を語るのは決まって外だった。
それはやはり家の壁が薄いって言うのもあるし、アルフォンスに悪いと思うからだ。
ここもそれなりに大きな街であるから夜中開いている店はいくつもある。
雰囲気の良い薄暗い静かな店を選んで、端の席に座る。
テーブル同士は離れていて、それぞれついたてがある為個室のようだ。
相手の顔はぼんやりと見える程度。
軽めのお酒を頼んで、それが来るまで二人は黙っていた。
一口飲んで、喉を潤す。
先に口を開いたのはエドワードだった。
「、オレに言いたいことあるだろ」
「!!ッ……」
瞳を揺らして、は動揺したらしかった。
きっと、こう問われることは予感していた。
それでもいざそう投げ掛けられると答えに詰まる。
だって いえない みにくい しっと
中々が声を発さない中で、店内の客の囁きと、感じの良い音楽が流れていった。
はぎゅっと自分のグラスを握り、その様子をエドワードは空虚な瞳で見ていた。
グラスの中身だけが少しずつ減ってゆく。
暫くして、再びエドワードが口を開いた。
絞り出すような、切なげな声で。
「…………オレ、頼りないか?」
「ッ…エド!ちがっ、そうじゃなくて…、!」
「オレ…さ、このままもう戻れないんじゃないか、アルにも会えないんじゃないか、ってずっと考えてて……最初はまだこっちの科学技術で何とかなるとか思ってられたんだけどさ、でも、いくらロケットだって扉は開けられないだろ?扉を開けるにはホムンクルスが必要で、だけど此方の世界にいるわけがないしな。錬金術だって使えなくなって、前より不便な義手と義足で……2年も経つのに一向に何の解決策もないんだぜ?……だから、さ、…オレ、焦って、怖くて、……自分のことしか考えられなくて……。
も同じなのに、オレと同じような不安も焦りも感じてるはずなのに、オレ、分かってやれなくて。アルフォンスにはそういうこと話してるって聞いて、オレ、結局お前のこと何一つ支えてやれてないって思って、……」
「エド、……泣いてるの…?」
「……ごめんな、」
薄明かりの中で少し微笑んだ貴方はやっぱり泣いていた。
瞳に涙は浮かべてなかったけれど、確かに心が泣いていた。
私は机の上に乗せてあったエドの腕を取ってそっと頬に当てる。
温かい、エドワード。
涙を流してしまったのは私の方だった。
「愛してるの、エドワード。
だから、エドが諦めてしまうのが怖くて、前のように太陽みたいに笑うエドが消えてしまったみたいで、……――――ッ苦しかったよ……。
この頃のエドはなんだか此処にいるのに何処にもいないようで、私のことも見えてないみたいで、怖くて、ツラくてッ…、エドのこと大好きなのに、愛してるのに、エドが私のことをもう愛してくれない気がしてッ……!」
「っ……!」
エドワードは溜まらずを引き寄せて抱きしめた。
の華奢な身体は容易く小さな木造の机の上に乗る。
コトリと少しお酒の残るグラスが倒れた。
「エド、エドワードッ……」
「…愛してる、愛してるんだ」
まるで何十年も会っていない恋人のように二人は抱き締め合い、接吻あった。
ほのかにお酒の香りが鼻孔をかすめ、一気に酔いが回る感覚。
麻薬のように頭の理性を解き放ってゆく。
の涙を舌で拭うと、が眼を細めて笑った。
エドワードは貪るようにその唇を重ね、きつく、きつく、抱きしめる。
二人の空白が、再び埋まるように―――。
そのままエドワードとは傾れ込むように近くの宿に入り肌を重ねた。
もう随分感じていなかった相手の熱に、自然と息は上がる。
「エ、ド…ッ……」
「……」
何度も重なる唇からするり入り込むエドワードの舌が麻酔のよう。
もうエドのことしか考えられない。
耳に響く淫らな水音も、軋むベッドの音も、何もかも。
目の前のエドワードが私の全てで、視界で揺れるのはエドワードの金色の髪と眼で。
これが、幸せだと思った。
これ以上のことを、望んではいけないと思った。
わたしをあいして、なまえをよんで、くちづけて。
そうしてあなたのむねでねむらせて。
(2006/01/25)
sozai:Dear 自滅回路