1923年 ミュンヘン ワイマール共和国 ――――
ガタガタとした車の音が舗装されていない道路を進んでゆく。
乗っているのは若い男女が三人。
運転席に一人、後ろに二人という構図だ。
風を受けながら楽しそうな笑い声が響く。
「……とまぁオレの名前は知れ渡ってた、ってわけよ」
「あっはは!ほんと作り話がうまいですね。大体蒸気より錬金術が発達してるなんて…… そもそも錬金術は科学技術の発達によってすっかり衰退したって話ですよ」
お腹を抱えて笑うアルフォンス・ハイデリヒに、ムスッとした表情を浮かべる他二人。
男性としてはかなり長めの金色の髪を一つに結っているエドワード・エルリック。
そして、整った目鼻立ちが美しい、まだ少女の面影も見せる・だ。
はわざとらしく怒ったように腰に手を当ててアルフォンスに声を掛ける。
「あら?アルフォンスは私たちの話を疑うの?」
「さんっ!いや、その……」
アルフォンスがしどろもどろになって弁解しようとすると、運転席からエドワードが喉で笑う声が聞こえた。
そんな様子に気付いたは、ちらりと横目でエドワードを見つつ(といってもエドワードは見えないわけだが) いたずらするように笑って言った。
「まっエドもエドで大分話を誇張してた気もするけど?」
「………うるせぇ」
拗ねたような声を漏らすエドワードをアルフォンスはまた笑う。
溜まらず恥ずかしくなったのかエドワードが後ろを向いてハンドルを切った瞬間。
「きゃぁぁぁぁっ!!」
「うわっ!?」
ガシャーンと派手な音を立てて車は大きな木にぶつかった。
勿論これ以上意のままに動かせる気配など皆目ない。
「エド!ちゃんと前見て運転してよ!!」
「エドワードさん、さんもいるのに気をつけて下さいよ」
「……………おっ!あんなところに車発見!ほら、乗せてってもらおうぜ!」
「調子良いんだから、もう!」
壊れた車はさも知りませんと言った様子でエドワードはこちらに向かってくる車に手を振った。
姿は大人っぽくなってもそういうところは変わらないのね。
くすりと笑ったを見てアルフォンスも同じように笑う。
「エドワードさんって、昔からああなんですか?」
「何でも自分の都合良く進めようとするのよ」
「さんも大変ですね」
「もう慣れたわ」
視線を合わせてもう一度笑う。
しかし突然アルフォンスが咳き込んだ。
彼は重度の病に冒されているらしく、よく苦しそうに咳をした。
いつも見ていて居た堪れなくなる。
「大丈夫?アルフォンス」
「ケホッ……大丈夫です、寒くなってきたから、…」
「無理すんなよ、アルフォンス」
「エド!」
何時の間にかに会話に参加してきたエドワードに驚きながら、彼の後ろに止まる車を見て納得する。
そこには既に先客、華やかな衣装を身に纏ったジプシーたちがいた。
お邪魔します、と声を掛けて3人は乗り込む。
あまり乗り心地のよくない車に揺られながら会話に華を咲かす。
「カーニバルで踊るんですか?」
「ああ、良かったら見に来てよ。あんたらも何か出すのかい?」
「私じゃなくて、彼が……」
はアルフォンスを示した。
アルフォンスは照れたように笑い、ふと端の方で所在なさげに居る少女に声を掛ける。
「君は、何かやるの?」
「この子は占い師なのさ」
「よく当たるよ〜、怖いくらいね」
「へっ、そんな非科学的なことなんざあるわけねーだろ」
「エド!」
悪態をつくエドワード。
ほんと、変わってない。
半分脱力して、そしてやっぱり俯いてしまった少女が可哀相で、はエドワードを小突いて、その少女に手を差し出した。
「占いが出来るなんて羨ましいわ。ね、私のことも占ってくれる?」
カラカラと笑うに対して一度眼を伏せたあと、少女はの手を握った。
刹那、大きく見開かれた驚いた眼。
そしてすぐに怯えたように手を離し、頭を覆うショールを握る。
「あなた…私と同じね……故郷がない……」
呟くような声はすぐにカーニバルが見えた歓声で消された。
しかしその声はを、そしてエドワードを驚かせるには十分だった。
は隣に座っていたエドワードの手をきゅっと握り締め、心を落ち着かせようとした。
故郷がない。
そう、私には、私たちには故郷は無い。
此処には。
この世界には。
私たちはこの世界の人間ではない。
本当の 根無し草。
でも、それでもこれは私の選んだ道だから。
だからエドと一緒に死んでしまったアルを練成したんだ。
二人なら、対価も半分でいいはずから。
そうすればエドは死なないと思った。
私が死んでもエドは生きれると思った。
そうして、私たちは運よくこの世界に来た。
エドが生きて、私も生きてる。
それだけで十分。
故郷なんて無くたって。
エドがいるだけで、わたしは幸せよ。
「……」
「えっ?あっ、エド。なあに?」
「いや、何でもねぇよ」
困ったようにエドは笑って、エドの手を握っていた私の手を握り返してくれる。
不安を掻き消すように、強く、強く。
気付けばジプシーたちが気持ちの良いリズムを奏でて歌っていた。
今まで聴いたことのない、素敵な、不思議な音楽。
眼を閉じるとまるで生命の息吹が感じられるような力強い旋律。
そう エドがいれば それでじゅうぶんなの
はエドワードに寄り添って、その歌に身を預けていた。
その姿を深刻な顔で見つめる占い師の少女をアルフォンスは不安気に見つめていた。
カーニバルまで あと少し。
(2005/01/25)